2012年03月02日

【ジャンク派 連載小説】 チェン・スウリー作 『中央線を抱きしめろ!!』 第12回(最終回)

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前回までのあらすじ

閉店後、疲れて店内で眠ってしまったユウヤは、帰宅するときに目にした朝の高円寺に
新鮮なものを感じていた。コーヒーショップで、個性的な人びとを面白がって観察するうち、
自分がいつの間にか失っていた上京してきたばかりの頃の気持ちを思い出す。 
  
   
   
第12回(最終回)   


店内のBGMは、
こないだウチの店でもかけてた、サイモン&ガーファンクルだ。
“明日に架ける橋”が、
安っぽい(失礼っ!)イージーリスニングの
オーケストラヴァージョンで流れている。
 
オレは、ふと兄貴のことを思い出した。
今の兄貴こそ、「不安定」真っ只中じゃないか……

この高円寺で、
不恰好でも、必死になって模索してる人たちとまったく同じだ。
 
それなのに、そんな兄貴に、オレは少しも共感するものすら見せず、
ただただ邪険に扱ってしまった。

酷いは、オレ……
高円寺住人として失格過ぎる。
 
不安定なるものに、誰よりもやさしいのがこの町のはずだろっ……
中央線の精神なんて言っておきながら、なんも理解してないじゃん。
 
兄貴は、ちっちゃい時から、
オレにいつもとってもやさしくしてくれてたのに……

それは、親からひいきにされてた兄貴が、負い目を感じての、
子どもながらに見せたオレへの気遣いだったのかな?
 
思えば、とっても気遣いの人だったよな、兄貴は。
 
バカにして、毛嫌いしてた自分の方が、よっぽどバカやん。
それに、オレ、めっちゃ、かっこ悪い。
 
ごめんね、兄貴。
 
あっ! そういや、兄貴、京大の大学院、
合格(うか)ったって、言ってたね。
オレ、まだ、おめでとう言ってない……
 
兄貴は、不安でいっぱいだったんだ。
オレのとこ来たのも、どうしようもなく、不安な気持ちで、
いてもたってもいれなくて来たんだろう。
 
もしかしたら、たったひとりの兄弟の、
昔のいい思い出を引きずって、オレに会いたくなったのかな?
 
何かを追ってるオレの姿を、思い描いて来てくれたのかな? 
そして、そこから、
なにかしらの励みになるものを見出したいと思ってたのかもしれない。
 
そんな兄貴の気持ちに、オレは少しでも応えてやれたかな?
いやいや……、それどころか、ただでさえ、失望にくれ、
この先の将来のこと、どうしたらいいのか思い悩んでる兄貴に、
ますます失意を抱かせちゃったんじゃないか。
 
あの勘のいい兄貴なら、
オレが兄貴のこと、バカにして、見下してるの、きっと伝わっただろうし。
 
もう、いてもたってもいられない気持ちになった。
一刻でも早く、兄貴に電話して、おめでとうを伝えなきゃと思った。
それが、せめてものつぐないに思えた。
それくらいしか、思いつかなかったし……
 
兄貴から店に電話があった日から、もう何日も過ぎてて、
ほんと今更だけど……

けれども、心の底から、おめでとうを伝えれば、
少しは、冷たかった自分を悔やむこの気持ちも救われる気がした。
 
今からでも、遅くないよね……?
そう思って、オレは、慌てるようにして、店を出た。
 
さっきの、南米みたいな女の人が、
プイって気を悪くしたような表情をして見せた。
けど、オレには責任ないんだし。

それより電話。 
携帯のなかの兄貴の番号を呼び出してすぐに、通話ボタンを押した。
 
出ない……
 
わぁ〜、なにやってんだよ、兄貴……
また、ちょっとしてからかけてみよう。
それまで、なんて言えばいいか、もっと考えてみよう。
きちんと話し出来るかな……
 
少し歩いてからまたかけた。
今度は、数回目のコールで、兄貴は電話に出た。

「おうっ、ユウヤ。どうした?」

オレは、心からの気持ちを込めて、おめでとうを言った。
あまり話すことはなかったけど、これで充分だと思った。

ぽつりぽつりと、兄弟の会話ができた。
兄貴は、全部わかってくれてるように思った。

「電話、ありがとうな。俺も、がんばってみるよ」 
 
電話してよかった。
 
肩の荷が下りた。
いやいや! そう思うには、まだ早い……!
 
オレには、もうひとり、電話しなくちゃいけない人がいる。
一息入れる間もなく、携帯のアドレス帳からその人の名前を探した。

 
 tululululu. tululululu. tulululu.....


「あ、もしもし、ユキ?
 ユウヤだけど……
 あっ、こないだのこと?
 そんなん、気にすんなよっ。
 あのさー、
 ユキに、ちょっと頼みたいことがあって、電話したんだよねっ……
 あの、もし、ユキさえよかったら、
 ウチの店、ユキ、手伝ってもらえないかな?
 前、ニートだって言ってたでしょ?
 そうそうっ…… 
 こういう水商売って、カウンターの中に女の子が立ってる方がいいんだよっ……
 ユキに来てもらったら、助かる。
 あ、けど、商品の酒に手を出すのは、なしだよっ……(笑)
 やってもらえるかな?
 それにさぁ…… 
 それに、オレ……
 ユキにずっと、そばにいてもらいたいんだ」


「えっ……?」
 電車の通り過ぎる音と一緒に、電話口からユキの驚く小さな声が聞こえた。

 
もう一度、オレはやり直してみよう!
希望が見えてきた気がした。
何より、今度は、ひとりじゃない。

中央線は、青春って言葉のとっても似合う電車だ。
今日も、多くの人の希望や不安をいっぱい乗せて、
この東京の空の下、力強く、オレンジの電車は駆け抜ける。
負けないぜー! 東京なんかに、負けてたまるかよー!



[付記]

 東京の東西を、旧国鉄時代の1979年以来の長きに渡り走り続けてきた、JR中央線201系のオレンジの車両(中央線 快速、中央特快)は、2007年頃まで、その姿を見かけることができましたが、惜しまれつつもその任務を終了し、ついに現役を引退することになりました。
 中央線と言えば、あのオレンジ車体という根深いイメージがありますが、201系の引退により、中央線は山手線同様シルバーの新車両に入れ替わり、あのオレンジ色は、車体に引かれたラインに面影を残すのみとなりました。
 けれども、多くの「若者」に青春の忘れえぬ思い出を与え、「文化は中央線によって運ばれる」という言葉すら生んだこの頼もしいオレンジ車両は、輝きの失せない大切なものを我々の心に残し、いつまでも風化しない姿のまま、これからも永遠に走り続けてゆくことでしょう。
そしてまた、そのスピリッツを受け継ぐまだ無名の若者たちが、「東京」という名の魔物と必死に取っ組み合いながら、新しい「中央線カルチャー」を創造し、多くの物語が、この地より、これまで同様、発信され続けてゆくはずです。
 あり余る程の夢や希望、挫折や失望と、青春の怒涛のエネルギーと共に。


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中央線を抱きしめろ!! 完



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表紙イラスト・デザイン : 二階堂 ちはる


posted by ジャンク派 at 18:58 | Comment(0) | 【中央線を抱きしめろ!!】

2012年02月24日

【ジャンク派 連載小説】 チェン・スウリー作 『中央線を抱きしめろ!!』 第11回

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前回までのあらすじ

店に現れなくなったユキのことが気になって仕方ないユウヤは、
その日、店で居眠りしてしまい、気づけば朝になっていた。
朝の高円寺の風景は、見慣れた町なのにまったく新鮮に感じられた。
まっすぐ家には帰らず、途中にドトールコーヒーに寄ってみた。 
  
   
   
第11回
   
   
先ほどから、なにやら視線を感じて、
気になって、ふと、向かいの席に目をやると、
南米っぽい女の人が座ってて、じっと、オレのことを見つめてるよ。
 
こっ、怖い。
熱い視線だ……
 
視線が合うと、色目みたいな目つきをしてきた。
ヤバイ……。すぐに、視線を逸らした。

なんか、変な人でいっぱい。
なんなんだ、これ、いったい!
この町の一画、朝のドトールの風景を切り取ってみただけで、この濃さ!
これが、高円寺だ。

そして、この町では、これが、日常。
これが、当たり前の風景。

そんな光景をはたからみて、一人、面白がってるオレは、
あたかも、この不思議世界にさ迷い込んだ「まともな人」?
「普通の常識ある人」を気取ってるのか……
へんてこな「高円人」をバカにしてるわけ?
いや、そんなことはないんだけれども……
いったい、何様だよ、オレ……

あれ?
いつから、こうなっちゃってたんだろう、このオレは?
もっと、高円寺に自分は溶け込んでると思ってたのに……
 
というよりも、むしろ、自分もどっぷり高円寺流、
「中央線カルチャー」の洗礼を受けた人間だと思ってたのに……
 
この「高円人」が、別の世界の人種に見えて
外野からの目線になってる自分を発見したのは、ちょっと意外。
 
なんなんだ、オレ。
そして、一抹のこのさびしい気持ち。
 
いや、考えてみたら、オレはこういうものを、
いつのまにか、失っちゃってたんだと思う。
 
かつては、あんだけ身を震わせて焦がれた中央線の文学っぽい世界。
背伸びして追い求めた、沿線に漂う文化の香り。
夢中になっていた、ロックの町、高円寺の世界。
 
もしかして、ドキドキするもの、興奮して必死になれるもの、
そんなものを追う純粋な気持ちを失ってしまった、
これは、証なんじゃないだろうか……
 
オレは、そう思うと、
にわかに、なんともゾッとするような気持ちにさいなまれた。
 
沿線に芸術家の玉子や、文筆家、バンドマンや、演劇人、映画人、
芸人の玉子、美大生、音大生なんかが集まり、
好んで暮らすこの中央線は、一種独特の空気を持っている。
 
中央線があんなに「人身事故」が多いのは、
まだ何者でもない者の「不安定」をたくさん背負ってるからではなかろうか。
そして、青春の挫折や敗北や、重圧の表れなのではないだろうか……
 
中央線は、この先どうなるんだろうっていう、みんなの不安をいっぱい抱えているんだ。
みんな、発展途上の真っ只中にいて、必死で何かを掴みたいと、もがいている。
かつては、オレもそうだったはずじゃないか……
 
高円寺に住み始めた頃、オレはバンドを組んでいて、
それなりに打ち込んでいた時期もあった。

けど、ずっと続けるものでもないしと、いつからか、解散するでもなく、
あやふやなまま活動をやめてしまっていた。
それっきり、他のメンバーとも、連絡をとっていない。
オレって、けっこう、薄情やったんだなって思う……
 
それに、オレは、
そもそも、なにかクリエイティブなものに憧れて、上京して来たはずだった。

専門は、途中でやめてしまったけど、まだ東京にいるのは、
しがみついて、ここで、何かに挑戦してみたいという気持ちがあったからではなかったのか……

絵を描いたり、小説みたいなもんを書いたりしてた時期もあったのに、
けれども、そんなものも、今は昔、みたくなっちゃってる。
 
店もあって、今のままでも、ぬるーくやってけるんだから、
ただただ、無難に暮らしていけりゃいいじゃん、って、
いつの間にか、そう考えてはいまいか……?
 
こういう人間を、かつては最も軽蔑していたはずなのに……
自分は、そんな、なんの情熱も持たず、格闘することのない、
安直な人間にだけはなりたくないと、思ってたはずなのに……
 
「不安定」であることを恥じず、いとおしく、大切に思ってたはずなのに……
こんなんじゃ、ダメだ。
失ったものの光を、オレはもう一度、取り戻したい。
 
そして、もう一度、真正面から何かにぶつかる、
バカみたいでも、輝いてる自分になりたい。
あの頃の、姿のような……
     
       
   
予告:次回最終回
   


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中央線を抱きしめろ!!
チェン・スウリー

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posted by ジャンク派 at 11:45 | Comment(0) | 【中央線を抱きしめろ!!】