2011年11月16日

【本】 本とマンガ、今週の数冊('11 10/15-10/22)

プリンス・ザレスキー.jpg
  
  
● → 本 
○ → マンガ


池波正太郎「鬼平犯科帳」

テレビ(※1)や漫画(※2)で聞いたことはあったけれど、原作は初めて読んだ。
盗賊たちから「鬼の平蔵」略して"鬼平"と恐れられている、幕府の火付盗賊改方の長官・長谷川平蔵。
でも、実際の内容は鬼平がメインというわけではない。
鬼平の周辺の人間の内面や生活が、一話ごとに丁寧に描かれていく。
女に入れ込んで身を滅ぼしたり、どちらの上司をとるか板ばさみになったり、江戸が舞台ではあるけれど悩みの内容は今と同じような物。
登場人物の誰かには感情移入すること間違いなし。
この本の主な読者層であろう中年以降の男性なら、なおさら。
「情に掉させば流される」という言葉があるけれど、まさに、義理や人情のために流され、苦しみ、時には犬死する人々の姿がやるせない。

もう一つ印象に残ったのは、悪いタイプの盗賊(いいタイプもいる)の極悪さ。
"金持ちの家に十数人で押し込み、いきなり2〜3人殺して「こうなりたくなかったら金庫の鍵を開けろ」と主人を脅し、鍵を開けさせてから皆殺しにする"
とか、犯罪としてリアルで怖い。

※1 テレビドラマ版は1969年から開始。現在は年に1回スペシャル版を制作する形となり、2011年は4月に放送された。
※2 さいとうたかを作画・久保田千太郎の脚色による。




高村光太郎「能の彫刻美」

彫刻家の目線から、能について語った随筆。
能についても彫刻についても何も知らないのだけど、思わず何度も読み直してしまったのは、あまりに良い文章だから。
一万字程度の短い文章ながら、とにかく一箇所もダレるところがない。
全体として面白い作品でも、無意識のうちに"大事に読むところ"と"そうでもないところ"が出てきたりするものだけど、この文章は最初から最後まで息を詰めて読ませる。
彫刻家という職業柄か、ムダな部分を削ぎ落とし、削ぎ落としたことで豊かさが生まれる。
一語一語を選び抜いて使っているという点では、随筆だけど、もう、詩だ。



泉鏡花「怪談 女の輪」 「神楽坂七不思議」

こちらは"ムダな部分"こそが素晴らしい短編2話。
キラキラひらひらした飾りのいっぱいついた、リズミカルな動きのある文章は、なんとなく金魚を思わせる。
前者はいわゆる怖い話。
オチの無い終わり方が現代的というか、都市伝説風。
後者は他愛のない短文。
菓子屋の娘はツンケンして愛想がないのに甘いとは不思議だね、というような内容。
神楽坂の町を歩きながら思い出すと楽しい。



アーネスト・ブラマ「マックス・カラドスの事件簿」

主人公マックス・カラドスは盲目の富豪、写真のような記憶力を持つ執事、語り部兼助手を務める私立探偵。
と、面白い設定のミステリー。
シャーロック・ホームズがやるような
「あなたは昨日○○しましたね」
「えっ、どうしてわかったんです?」
「なに、簡単なことですよ(以下種明かし)」
というやり取りが頻出し、主人公が盲目なだけに"どうしてわかったの?!"という驚きが強まるという仕掛け。
ただ…、肝心の種明かしに納得がいかないことが多い。
せっかくの設定が死んでいると思わざるを得ない。



アーサー・モリスン「マーチン・ヒューイットの事件簿」

こちらもミステリー。
マーチン・ヒューイットは探偵には珍しく、人当たりがよくて気さくなタイプ。
事件の内容もそんなに大規模ではなく、"よく頭の回る兄ちゃん"という印象。
そのわりに作中で「本当に頭がいい」「天才だ」と褒めちぎられているのが、読者としては違和感。



ジョージ・マクドナルド「鏡中の美女」

骨董屋で買った鏡に映る美女の姿。
彼女に恋してしまった持ち主の男は……という、クラシックな怪談。
幽霊か、異世界の存在かと思われた美女が、結構近所の人だったのにちょっと笑ってしまった。
何かツッコミたいような気もするけれど、岡本綺堂(※)の翻訳もあって、おちょくるには荘厳すぎる雰囲気。
ゴシックでロマンチックで、それでいいじゃない!と思う。

※「半七捕物帳」シリーズや、奇談、怪談などを多く書いた作家。



瀬口忍「囚人リク」1〜3巻

近未来的な世界観、無実の罪で刑務所に入れられた少年が脱獄を目指す、正統派少年漫画。
月曜のジャンプから始まり、週に10冊ほど漫画雑誌を読むのだけど、今、一番楽しみな連載(※)
主人公のリクは、いまどき珍しいほど正義感の強い熱血少年。
王道すぎて陳腐になりそうなところだけど、刑務所の圧倒的な絶望感や理不尽ががっつり描いてあるので、それに立ち向かっていくリクの姿はすごく清々しい。
ライバル、悪役、友人などもそれぞれに個性があって、人間くさくて魅力的。
そして濃い内容を支えるのは圧倒の画力。
アメコミ的というのか映画的というのか、迫力もあるけれど、どことなくポップで見やすくて、重い内容もグイグイ読んでいける。
時々入るギャグもちゃんと面白い。
硬派な漫画を読みたい人は!ぜひ!

※「週間少年チャンピオン」掲載。



泉鏡花「薬草取」

再び泉鏡花。
さすがの幽玄、そして耽美。
大学生が山の中で花売りの女と出会い、女に子供時代の思い出を語るという粗筋。
一文抜き出してみると

あたかも神に事うるが如く、左に菊を折り、右に牡丹を折り、前に桔梗を摘み、後に朝顔を手繰って、再び、鈴見の橋、鳴子の渡、畷の夕立、黒婆の生豆腐、白姥の焼茄子、牛車の天女、湯宿の月、山路の利鎌、賊の住家、戸室口の別を繰返して語りつつ、やがて一巡した時、花籠は美しく満たされたのである。

もう何がなんだかわからないけど、とにかく綺麗。
音読しても気持ちいい。
無数の花とたおやかな女、子供の思い出の曖昧さ、過去と現在が溶け合って、読んでいるとくらくらする。
読後は、"化かされた"ような気持ち。



泉鏡花「夜行巡査」

もう一作、泉鏡花(今週のマイブームだった)。
これはデビュー作らしく、文体はまだ比較的シンプル。
正義ってなんだろうと思わせられる、シニカルな内容。
登場人物の誰が善でもなく、誰が悪とも言いきれず。
読後のどうしようもない気持ちに、安部公房(※)を思い出したりした。

※「砂の女」「箱男」などを書いた作家。
泉鏡花よりずっと最近の人なので、思い出す順番としては逆かもしれない。




M.P.シール「プリンス・ザレスキーの事件簿」

安楽椅子探偵(※1)の元祖とされているらしいミステリー。

荒れ果てた修道院で美術骨董品に囲まれ、黒人の召使い一人を付き従え、日がな寝椅子で銀のクッションにもたれ大麻を吸う、世捨て人の王子様。

が、なんだか訳の分からない薀蓄や文化論を延々喋る話。
本当に事件に関係のないことを延々喋る。
一応、殺人事件や失踪事件を解決するけれど、ミステリーというよりは幻想文学の類かも。

プリンス・ザレスキーが登場する4作品のうちでは暗号物?の「S・S」が一番とんでもなくて楽しい。
小栗虫太郎の、しかも黒死館でなく「二十世紀鉄仮面」(※2)の楽しさとでも言うか。

何千人もの人が自殺としか思えない死を遂げ、その舌の裏には必ず蜂蜜を塗ったパピルスが挟まれている…
という始まり方や、謎の秘密結社の登場にワクワクした。
ただし暗号の解読自体は、納得がいくとは言いづらい。

"weakはweekとも読め、weekからは7という数字を連想する。つまりこの文章の中でweakは7という数を意味する"(※3)

そんなMMR(※4)なこと言われたって。

※1 直接事件現場には行かず、自室で推理を組み立て、事件を解決するタイプの探偵。
※2 推理小説、冒険小説作家。「黒死館殺人事件」という、訳の分からない薀蓄や文化論に溢れた怪推理小説で有名。「二十世紀鉄仮面」は、そこからさらにアクション色とけれん味を強めた迷作。
※3 week=週=7日という連想に気づくまで、私は結構かかった。
※4 石垣ゆうき「MMR マガジンミステリー調査班」というSFミステリー漫画。強引な暗号解読が(一部で)有名。

  
  
  
長谷川 菜菜 [PROFILE]
     
   
   
長谷川 菜菜ブックレビュー:インデックス
   
本とマンガ、今週の数冊('11 10/1-10/8)
芳醇な熱帯の夢 -「グアテマラ伝説集」M.A.アストゥリアス
きらびやかな知識の集合体に魅せられて -「黒死館殺人事件」小栗虫太郎
植物化の蔓延する時代に -「デンドロカカリヤ」安部公房
空想を忘れた者への矯正具 -「はてしない物語」ミヒャエル・エンデ
終わらない堂々巡り -「ドグラ・マグラ」夢野久作
   
   
posted by ジャンク派 at 12:26 | Comment(0) | 【ブックレビュー】
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: