2011年09月06日

【本】 芳醇な熱帯の夢 -「グアテマラ伝説集」M.A.アストゥリアス

「グアテマラ伝説集」.jpg
  
  
M.A.アストゥリアス「グアテマラ伝説集」。

グアテマラの伝説を、
さらにM.A.アストゥリアスという名前を知っている日本人は、どれくらいいるのだろう。

私自身は、つい先日知った。

自分をどこか遠い世界へすっ飛ばしてくれるような作品を探し、
本屋をうろついていた時のことだ。

それは、まずフィクションでなくてはならなかった。
社会情勢に関わる物、"実用"書などは触りたくもない。
現実社会に関わることなどチラッとも目にしたくない(イヤなことのあった日だったのだ)。

フィクションの中でも、日常と地続きの感のある日本を舞台にした作品は不可。
同時代の匂いを感じさせる現代作家も避けたい。

安っぽいのは嫌だが、かといってあまり難解で取っつきにくいのも困る。

……注文が多い。

しっくりくる一冊はなかなか見つからず、諦めかけた時。
岩波文庫の棚で目に入ったのが、この本だ。
「グアテマラ伝説集」。

つまらない小説はあってもつまらない神話や伝説は、まずないだろう。
アストゥリアスという名前も、はるか古代の人のように思えて
(アリストテレスやヴァレリウスに似ているからだ)魅力的だった。

実際は、伝説を忠実に収集したわけではなく創作であり、
作者は1974年に亡くなったノーベル賞受賞作家。

この本の出版は1930年とわりと最近なのだが、その時は知らないまま手にとり、
パラパラとページをめくり、すぐに夢中になってしまった。

圧倒的なイメージの奔流!

妖しげで華々しく、馴染みのない熱帯の物語。

プロローグ、短編7編、中篇1篇からなる全ページに渡って
美しい言葉に溢れているのだが、その中から一文、引いてみる。

わしは(ドン・チェーペが話す)、満月の下で断崖警備人が歌うのを聞いたのだが、
彼のトレモロがわしの体を蜜の滴で洗い清めたので、ついに透明になってしまったのじゃ。


なんというロマンチック。

東京の白っぽい空の下で、南米の満月がどんな風に見えるのか私は知らない。
"断崖警備人"が、実際の職業なのか、創作なのかもわからない。
"トレモロ"と読んで頭に浮かんだ音楽は、本当にトレモロなのかどうか。

しかし、その知識の無さが、より神秘的な想像をかき立て、
グアテマラという実際に存在する土地は、ほとんどおとぎの国に思えた。

もちろん伝説の背景となる文化を知れば、より深く理解できるに違いない。
巻末には訳者の牛島信明氏の解説がついており、
作者の経歴や、作品がマヤ文明の神話やスペイン人による植民地時代の伝説に基づいている
と知ることができる。

マヤ文明の神話に基づく作品も魅力的なのだが、
個人的に興味を引かれたのが植民地時代の伝説だ。

神話より都市伝説の雰囲気がある「大帽子の男」という短編は、
読めば読むほど、何とはなしのおかしみがある。

“大帽子の男”は、ゴムの悪魔だと紹介されている。
伝説に「ゴム」という言葉が出てくるのに違和感を覚えたが、
ゴムの木が栽培される南米では、日本より人々の生活に馴染みがある物なのだろう。

この本のプロローグ「グアテマラ」の中で
“それは跳ね返り、転がる、ゴムの悪魔である。”
と書かれているが、何をするのかはよくわからない。

ゴムの悪魔と言っても、
某ゴムゴムの実を食べたキャラクターのように体が伸びるわけではないようだ。

ちなみに南米圏の都市伝説について簡単に調べてみたところでは
「帽子男(El hombre del sombrero)」の伝説というのはあるようだが、
女をさらうとされていて、ゴムとは関係ないようだ。

アストゥリアスが、何か別の伝説と混ぜ合わせたのかもしれないし、
純粋な創作なのかもしれない。

とにかく、この作品は“大帽子の男”が世界に誕生する瞬間を描いているのだが、
その表れ方は一瞬で、非常に鮮やかで、不条理だ。

どうやって現れるかはここには書かない。是非、読んで、ポカンとしてほしい。

この本の半分を占めている「ククルカンー羽毛に覆われた蛇」という中編に関しては、
感動よりも困惑したというのが正直なところで、
これは他の作品に比べ、予備知識がなくては楽しむのが難しいかもしれない。

マヤの神話に由来する物語だが、
登場人物達、跳梁跋扈する"金剛鸚哥(インコ)"や"前髪亀"や"継ぎはぎの老婆"が、
何を意味するどんなキャラクターなのかわからないのだ。

詳しく知れば知っただけ、芳醇なイメージの世界をもたらしてくれるのは間違いなく思う。
   
   
   
   
『グアテマラ伝説集 』
M.A.アストゥリアス 著/牛島 信明 翻訳 (岩波文庫)
  
  
  
長谷川 菜菜 [PROFILE]
     
   
   
長谷川 菜菜ブックレビュー:インデックス
   
きらびやかな知識の集合体に魅せられて -「黒死館殺人事件」小栗虫太郎
植物化の蔓延する時代に -「デンドロカカリヤ」安部公房
空想を忘れた者への矯正具 -「はてしない物語」ミヒャエル・エンデ
終わらない堂々巡り -「ドグラ・マグラ」夢野久作
   
   
posted by ジャンク派 at 14:23 | Comment(1) | 【ブックレビュー】
この記事へのコメント
   
次は、どんな本を取り上げて紹介してくれるのかと思ってたら、
ナント、『グアテマラ伝説集』…!!
長谷川さん、あなたはまぎれもなくジャンク派です。
   
Posted by ジャンク派 at 2011年09月06日 14:31
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