2011年04月16日

【本】 空想を忘れた者への矯正具 -「はてしない物語」ミヒャエル・エンデ

はてしない物語.jpg
  
  
前回の「ドグラ・マグラ」に続き、今回も“終わらない”作品だ。

ミヒャエル・エンデ「はてしない物語」。

「ドグラ・マグラ」は一つの物語の中を堂々巡りするが、
「はてしない物語」はタイトル通り、はてしなく外へ広がっていく。


素晴らしいファンタジーはすべて読み手の心を異世界へ旅立たせてくれる物だが、
「はてしない物語」の非凡さは、その旅立たせ方が非常に強力なことだ。

旅行に例えるなら、自宅まで送迎車がやってきて、空港で飛行機に乗せてくれ、
異国の見所をガイド付きで巡り、現地人と触れ合い体験があり、きちんと家まで送って、
お土産まで持たせてくれるような案配だ。

家まで迎えに、というのは、物語が現実から始まるという意味だ。

主人公は冴えない少年バスチアンで、背を丸めてファンタジーの本を読んでいる。
背を丸めてファンタジーの本を読んでいるのは読者もだから、
どこか、自分の姿を遠くから見ているような気持ちにさせられる。

本は冴えない少年の現実と、はてしない魔法の世界「ファンタージエン」を交互に書いていく。

現実に対してファンタージエンの描写がじわじわ増えていくにつれ、
読者の中の”自分は本を読んでいるだけ”という感覚が揺らいでいく。

物語の前半では、
強く美しく勇気に満ちたファンタージエンの少年戦士、アトレーユが世界を救うために活躍する。

その鮮やかな活躍の前に、
バスチアンは”本に読みふける、何の勇気も使命ももたない”自分を残念に思う。

それを見守るうち、本当はバスチアンだって本の中の登場人物なのだが、
読者の心はバスチアンを”現実側“の存在と認識してしまう。

ところが物語は一転、
バスチアンは本の中の世界、ファンタージエンに入って大活躍を始めてしまう。

読者は、さっきまでは「ファンタージエンに憧れながら本を読む少年を眺める」立場だったのに、
今や「ファンタージエンに憧れながら本を読む」のは自分自身だ。

現実側の存在だった(と認識していた)バスチアンが本の中に入っていったことで、
この物語は作り話でなく“自分の身にも起こるかもしれない”という感覚を与える。

バスチアンは、ファンタージエンに行った人間の振舞いをよく見せてくれる。

最初は世にも美しく楽しかったファンタージエンの恐ろしさ、
欲望に飲み込まれた者達の慣れの果て。

ファンタージエンの世界の源である女王は姿を消し、友達は立ち去っていく。

怯え、うちひしがれたバスチアンがたどり着くのは、
意外なことに、かつては逃げ出したくてたまらなかった現実だ。

生まれ、育ち、自分が自分の姿でいられる現実が、どれほど大切なものか。

バスチアンとともに現実に帰ってきた読者は、
本を読み終わって、ホッとして自分の周り、家や、図書館を、
数時間前とは違った目で見回すことになる。

再び旅行に例えるなら、海外滞在から帰ってきたようなものだ。

一度外国に出ることで、中から見ただけではわからなかった良さも悪さもわかってくる。
物の考え方、捕らえ方がグッと多面的になる。

ここまで書いてきた心の動きは、私個人がそう読んだということだが、
おそらく、たいていの人は同じように感じるのではないかと思う。

なぜならば、そういう心の動きをするように、ミヒャエル・エンデが書いたからだ。

読み手を主人公に感情移入させ、空想の世界の意味を考えさせ、
最後には自身の内面まで省みさせ成長させる構成は緻密で、いっそシステマチックとすら言える。

エンデは、空想を羽ばたかせることを忘れていく子供、
とうに忘れてしまった大人に、よほど強い危機感と使命感を持って、
一種の矯正具としてこの作品を作り上げたのだと思われる。

そしてまた、ミヒャエル・エンデは物語のことをよくよくわかっている人だから、
どんなに素晴らしいストーリーでも、それ一本では広がりに欠けることもわかっていた。

至れり尽くせりの旅行ツアーだけでなく、上級者向けの旅も用意しているのだ。

「はてしない物語」中には幾度も
「けれどもこれは別の物語、いつかまた、別のときにはなすことにしよう」というフレーズが現れる。

空想することに慣れた者は、そこからいくらでも、
本に書かれていないファンタージエンの世界にさまよい出て行くことができるのだ。

エンデの出身地のドイツでは、
さまざまな作者によるファンタージエンを舞台にした物語が刊行されているそうだ。

一つの物語がたくさんの物語を生み、
そしてその派生作品の中には、またいくつもの物語への道が開かれているのだろう。


物語は無数に広がっていく。空想する者がいる限り、終わることなく、はてしなく。
  

  

『はてしない物語』 
 ミヒャエル・エンデ (著), 上田 真而子 (翻訳), 佐藤 真理子 (翻訳)
 (岩波書店)
  
  
  
長谷川 菜菜 [PROFILE]
  
   
      
posted by ジャンク派 at 14:59 | Comment(0) | 【ブックレビュー】
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