2012年04月03日

【純情喫茶小説 2】 「電線ムービー」 チェン・スウリー著

電線ムービー
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結局、その日、ターターは朝まで歌舞伎町で過ごした。

ののちゃんには会えなかったけど、
とにかく、待ってみたかった。

てか、会えるわけないじゃん……

とか、思いながら、コマ劇場の横のマックで夜を明かした。

こんな時間にマックにいるのは、
やたら騒ぐガキンチョらと、哀愁漂うおじさんばかりだなぁって思った。

それから、朝の歌舞伎町から、通勤ラッシュの人々と逆行して、
新宿駅東口に向かった。

その日も、ターターはきちんと、職場の大学に行った。


数日後、

ターターは、ののちゃんに、
何食わぬ風をよそおって、電話してみた。

あの日、けんか別れみたいになっちゃったおわびに、
美味しいものでもごちそうするよって、ののちゃんに言った。

ののちゃんは、
わーい!って、子どものような声で喜んで、

じゃ、美味しいカレーのある喫茶店に連れてってと言った。

それは、ターターには、得意分野だった。

ターターは、
かなりの喫茶店マニアだったから、
都内のいろんなとこの喫茶店事情に精通していたし、

美味しいカレーのある喫茶店ってフレーズが、
まさにツボを押さえてるなぁって感じで、
ますます、ののちゃんに対して、感心してしまうのだった。

で、こんどの日曜日に、
一緒にその喫茶店に行くことにした。

ターターは、どうせだったら、
なかなか日常では行けないような、
ちょっと気の利いたチョイスをしたいものだと思ったが、

店選びに苦労することなく、
すぐに、ある店が頭に浮かんだ。


日曜の午後、

ターターと、ののちゃんは、
青梅(おうめ)線に乗って、目的地に向かっていた。

ののちゃんは、トレンチコートとブーツを、
フランス映画の女優さんみたいになかなかお洒落に着こなしていた。

服装のせいか、こないだ会ったときよりも、
ずっと大人びた感じだなぁとターターは思った。

東京の西のはずれ、多摩地区を走るこの青梅線の車窓からは、
都区内とは、まったく違ったのどかな光景が広がっている。

ののちゃんが、
この風景をのんびり眺めながら口を開いた。

あの都知事なら、きっと、この辺りを、
東京から切り離して、神奈川県にそっくり譲って、
そのとっかえに、横浜と、川崎のことが欲しいって、
ぜったい考えてるよ。
面積ばっかり大きい多摩地区抱えてるより、
その方が、税収大幅アップだからね……

ターターは、このののちゃんの毒舌に、
思わず吹いてしまった。
相変わらず、発想がユニークだ……

昭島(あきしま)を過ぎ、福生(ふっさ)を過ぎ、
青梅駅に着くと、ふたりは電車を降りた。

いい具合にやる気のないようなこの青梅駅のレトロな風情を、
ターターは気に入っていた。

ののちゃんんも、わくわくしてる感じだった。

なんとなく古びた町並みを通り過ぎ、
小高い丘の坂道を少し行ったところに、
その目的地はあった。

昭和初期の臭いのする木造の洋館を改造した
その喫茶店の名は、『夏への扉』と言った。

これは、SF小説好きな方ならご存知の、
ハインライン作の小説のタイトルだ。

ののちゃんは、野菜カレーとミルクティーのセット、
ターターは、チキンカレーとミルクティーのセットを注文した。

美味しい!

そう言ってカレーをほおばるののちゃんの笑顔をみてると、
ターターも幸せな気持ちになった。

窓際の席からは、下を通る線路が見える。

ゆっくりと、駅に入っていく青梅線の電車の天井を見ながら、
ののちゃんが、

これ、ジャッキー・チェンなら、
この電車の上にぜったい飛び乗ってるよ

と、つぶやくので、ターターは、また吹き出しそうになった。

窓からは、温かな陽の光が差し込め、
店内の懐かしい家具や、フローリングや、
グラスを、チラチラとやさしく照らしている。

ほどよく満腹になったふたりは、
店を出ると、そのまま、丘を登って、
鉄道公園の方まで行った。

休日なので、家族連れでにぎわっていた。

芝生に腰をおろして、町を見下ろしてみた。
心地よい風がふたりのほほをなでて行った。

ののちゃんは、ターターの横顔をみて、
やさしい顔をしてる人だなぁと思った。

ののちゃん、今日は、少し時間あるのかな?

うん。日曜で、店も休みだし、全然平気だよ。

そっか、そしたら、せっかくこっちの方まで来たんで、
足を伸ばして、寄ってみたいとこがあるんだけどいいかな?

うん。

ふたりは、また電車に乗って、
立川で中央線に乗り換えて、その隣の国立(くにたち)駅で降りた。

国立駅は、可愛らしい三角屋根がトレードマークで、
東京では、原宿駅と並んで、
大正時代に建てられた美しいデザインの木造建築駅舎として知られている。

昔、僕が学生の頃、この町に住んでたんだよ。

そうなんだぁ〜、ターター、国立に住んでたんだぁ〜
わたし、国立は初めて降りたよ。

ののちゃん、初めてだったの?
なんか、吉祥寺とか、国立とか好きそうなのにねっ
やっぱ、けっこう遠いもんね
今日は、ののちゃんに、秘密の場所を教えたげるよ

わぁーい!
秘密の場所!
どんなとこぉ〜?

そこはねぇ、なかなかみんなが知らない
面白いとこなんだよね〜

わぁ〜、楽しみ♪

ののちゃんは、はしゃいで無邪気な笑みを見せた。

南口を出ると、街路樹の大学通りが気持ちよく真っ直ぐのびている。

そっちの方には行かずに、
左の方に、中央線の線路と平行する道を進んだ。

途中、

今はブティックになってるけど、
ここは昔、Zil(ジル)っていう音楽酒場があって、
古いミシン台をテーブルにしてる面白い店だったんだよとか、

ガード下の先のとこに見える「うなちゃん」って
お店を指差して、
うなぎの串焼きを出してくれる有名な居酒屋さんなんだよとか、

ターターは
とっても懐かしそうに、ののちゃんに語った。

住宅地の坂を上ると、
らせん状になってる鉄の階段が線路わきにあって、

その階段を上がるターターに、ののちゃんもついて行った。

階段を上ると、
中央線の線路が下に見えた。

ののちゃんが、
あぁ〜、また、ジャッキースポットだねぇ
と言った。

ほんと、ジャッキー・チェン垂涎(すいぜん)の光景だねぇ

と、ふたりでなんどもこのネタを面白がった。

線路を下に眺めるこの道を行きながら、
ターターが言った。

そこの正面の家のとこに、
昔、僕が住んでたアパートがあったんだよね。
木造のボロアパだったから、もう取り壊されちゃったけど、
家賃は、1万5千円だったんだよ〜

えぇ〜!安い〜!

うん。最初から、取り壊すって前提で借りる契約したから、
大家さんが安くしてくれてた、穴場物件だったんだ。
同じ美大に通う彫刻科の友だちが、
壊しちゃうんだったらって、柱を彫ったり、
油絵科のやつが凝った壁画を描いたり、
みんなが好き勝手、部屋を改造してったよ。

楽しそー!いいなぁ〜

ののちゃん、あれ見て!

ターターの指差す方に、
振り向くと、
電信柱が、何十本も、敷地内に建てられていた。

なにこれ?
電信柱のお墓?

見ててご覧…

そう言って、ターターがにこにこしてると、

しばらくして号令のピーっていう笛の音とともに、
下で作業してた人たちが、
一斉に電信柱を登り始めた。

わぁ!すごい!
なんなの、これぇ〜!

とっても珍しい光景に、
ののちゃんは、嬉々とした声を上げた。

なんか、ここ、電気工事する人の訓練場らしいんだよね。

へぇ〜、電信柱登る人って、こうやって訓練するんだぁ〜
初めて見た〜

笛の号令とともに、
大勢の作業員の人たちが、
なんども登ったり降りたりを繰り返している。

それを眺めながら、
ののちゃんは、ふと近くの鉄塔のてっぺんを見上げた。

そして、上を向いたまんま、右や左に数歩移動したりしている。

また、へんなことしてるなぁと思って、
ターターは、

なにやってるの、ののちゃん?

とたずねた。

すると、ののちゃんは、

電線ムービーだよ。

って答えた。

え??と思って、ターターは、一瞬、ぽかんとしてから、
ののちゃんの側に近寄って、
その見上げる視線を追ってみた。

ここさぁ、鉄塔とか、電信柱から、
たくさん電線が出てるでしょ、
その電線をこうやって動きながら見つめてたら、
交差したり、平行してるのがピタッと重なったり、
また離れていったり、
なんかアニメーションみたいになるんだよ。

ののちゃんが、そう説明した。

なるほど〜と思って、
ターターも、ののちゃんのマネをして上を向いたまま歩いてみた。

ほんとだ〜!

ジーっと電線を見てると、
自分が移動してるんじゃなくて、
電線が動いてるみたいに錯覚してくる。

ミュージッククリップとか、インスタレーションみたいな、
実験的な映像っぽくも見える。

そう思いながら、
上を見て歩いてたら、

ターターとののちゃんは、
正面からバタンとぶつかった。

あっ!

と、ふたりとも、
びっくりした声を出した。

ターターの両手は、
ののちゃんの両肩に置かれ
抱きしめていた。

ターターは、とっさに、
また、あっ!と、小さく声を出すと
ののちゃんの肩から手を離し、
思わず、数歩後ずさりした。

ふたりとも、ちょっと照れくさそうに、
ぎこちなく視線を逸らして、立っていた。

夕陽に照らされ、
下の線路を中央線のオレンジの電車が、
ガタンガタンと大きな音を立て通り過ぎた。
    



表紙イラスト・デザイン : 萩原 知世
   
   
   
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posted by ジャンク派 at 19:05 | Comment(1) | 【純情喫茶小説シリーズ】

2012年04月12日

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posted by ジャンク派 at 21:06 | Comment(2) | 【ほうろう犬と猫メモリ】